アニマルセラピー
よく私が落ち込んで帰って来たり疲れて帰ってくると娘がワンコを抱いて私に渡す
「はい、アニマルセラピー」
うちのワンコ抱っこがあんまり好きでなく腕の中でピチピチしてるから
「セラピーになるかな?」なんて笑いながら娘に渡した
私の仕事が遅い時、ママ何時に帰る?とラインや電話が来た
出れない時もありそんなに鳴らされても…なんて思った時や家に一人じゃないしもう大きいのだからとその帰ってコールを割と流して答えていた
家に着くと玄関の外で立って待っていたり、ワンコを抱えて駐車場にいたりする姿を見るとゴメン遅くなってと反省したりしてた
中学を不登校だった彼女には友達がいない
と言うより不登校から小学校時代の友達とも連絡を取らなかった
本人からしたら今更連絡なんてしてもという思いだったかもしれないけどその辺りはタブーに近く娘に聞く事もなかった
不登校じゃなかったら?友達に愚痴でも言えてここまで病まなかったのか
当時は学校に言っても熱はでるしお腹は下るし自傷行為は出るしで行かない選択の方が娘の為になるように思えた
そして外部と切り離したような生活が3年続き通信制の高校には本人も行く気を見せ最初の半年は見違えるように元気になっていた
やっぱり友達はそんなに出来なくて一人だけラインを交換した子がいたけど一昨年の9月からパッタリ連絡を取っていない
何故そうなったのかも生きていたとしても聞けない話題っぽいし今となっては相手のトラウマになってしまってはと聞くに聞けない
そんな中でおばあちゃんより若干感覚の近い私が話せる人だったと思うけど、そこは親なので完全に友達ではない
思春期に友達がいないなんて辛かっただろうなと思う
親以外の誰かが必要な時に、同じ目線、近い感覚の誰か…それが友達という存在だと思う
あの子の側にいつも居たのはワンコ3匹とウサギとインコと猫
水槽のグッピー、次男が拾ってきた亀
アニマルセラピーで少しは元気だったのか
亡くなった日も最後の瞬間に一緒に居たのは3匹のワンコと猫とインコ
長男が娘を見つけた時ワンコは足元に座っていたというし、夜私が彼らを小屋に入れる時1番年長のワンコが何か言いたそうだった
今でもアニマルセラピーは私に続行中だけど
時々言ってしまう
何で引き止めてくれなかったの?
ワンワン吠えてママ呼んでも良かったじゃん?
それとも全てを受け入れる事が彼らのセラピーなのだろうか
フォルダの写真は動物でいっぱいの娘
ウサギが亡くなった時あんなに泣いたのに
あなたが亡くなって私がそれ以上に泣くって思わない訳ない
アニマルセラピー、アニマルセラピーと唱えていた姿を思い出す